僕は眠らない。眠ってしまえば、僕は終わる。
僕は僕の犯した罪を償うため、今は自分を責め続ける。その原因が、不本意なものだったとしても。
……そもそもの始まりは、あの一通のメールからだった。
「なんだ? このメール」
高校二年になって数ヶ月、ようやく買ってもらった携帯電話。
初めて受けたメールは、差出人欄がなぜか空欄で、本文は乱数的なURLが書かれているだけ、というものだった。
勉学にうるさい親の方針で、パソコンや携帯電話といった情報機器にはこれまで無縁の僕だったが、迷惑メールというものの存在くらいは、うっすらと知っていた。
「……」
しかしなんだろう、恐いものみたさというか、これまで触れたことのないものに関わってみたいというか、とにかく好奇心がそのURLにアクセスしてみろと訴えかける。
それとも、初メールというものに一種の神聖さを感じたのだろうか。
僕は、移動ボタンに指をかけ、押した。
それから一週間で、僕の生活は変わっていた。
「おい信也、スクラッチで十万当てたってマジかよ!」
クラスメイトである峠川祐樹が、僕が学校に着くや否や、ただでさえ騒がしい朝の教室を、三倍はうるさくしたのではないかという勢いで
飛び掛ってきた。付けすぎのワックスの臭いが漂う。
「……話したのか、タクミ」
僕はそんな祐樹を軽くあしらい、祐樹と一緒に学校に来ていたらしい、中津タクミにそう話す。
「ご、ごめん、十万当てただなんて、つい誰かに言いたくなっちゃって……」
僕は前日の日曜日、タクミとともにスクラッチをやりに行っていた。ゆえにタクミは十万円のことを知っているのだが、つれていくと鬱陶しそうだった祐樹は一緒に行っておらず、
さきほどタクミから聞いたようだ。十万円を当てたとき現場に祐樹がいたとしたら、近辺の人全員に聞こえるほどの声で何か叫んでいたに違いない。
それほどに僕は祐樹のことを知っているし、またタクミの性格もだいたい把握している。僕達は小学校のときから、何をするのも三人一緒だった。
もし、今までの僕だったとしたら、スクラッチをやりにいくとき、必ず祐樹も一緒に連れて行っただろう。鬱陶しいことがあるかもしれないと考えるが、どうせ当たらないのだから、
という考えのもと、僕は三人で行くことにするというわけだ。
しかし昨日、僕はスクラッチで大金を獲得すると、確信していたのだ。
あのURLにアクセスして現れたのは、何も書かれていない、ただの白いページだった。
僕はそれを見て、沸いた好奇心は一気に冷めてしまった。これになんの意味があるのか、そのときは全く分からなかった。
しかし四時間後、状況が変わった。またメールが一通、届いたのだ。
僕はそのとき、大学受験に向けての勉強をしていた。勉強をするとき僕は、
必ず開始時間と終了時間を明記しておく。その日勉強した時間を親に報告しなければならないからだ。とにかくそれがゆえに、
僕はただの何もないページを見てからの時間が分かったのだ。携帯電話を開き、メールを受信した時間を見ても、それが確認できる。
「D.com……?」
今回のメールには、差出人欄にそう書かれていた。
そのメールには、メールアドレスと思われる乱数の文字の羅列と、今度はそれ以外にも何か文章があった。
・このメールアドレスに0時00分から0時04分の間にメールを送信すると、そこに記載された内容がその日に起こる
・送信したメールの内容は、URLの先にあるページに日記形式に記載されていく
・このメールを受信した本人をD-信者と名づける
・上記の時間以外にメールを送信したとしても何も起きないし、その上でD-信者としての権限を剥奪される
・上記の時間内であっても、二度以上メールを送信した場合、同様に権限を剥奪される
・メールは基本的に文字制限はないが、それは携帯電話の機種の性能に依存する
・メールの内容は具体性、現実性、自然性を帯びていなければならない
・特定の誰かがその日行動することを書く場合、その人物の本名が必要である
・ルールは上記以外のものも存在するが、あとは自身で見つけていく必要がある
・このルールは、初めてメールを送った時点でその内容と同時にURL先のページに記載され、新たに発見したルールは次のメールを送信した時点で記載される
「……」
わけが分からなかった。
そこに記載された内容がその日に起こる? バカな。何が信者だ。やはり迷惑メールはその名のとおりのものだ。もう妙な好奇心など出すまい。
見れば見るほどバカらしいその文章達を前に、ただただそのような考えが浮かぶ。
しかし、なぜかそれらから目が離せず、何度も文章を読み返してしまう。勉強机がカタカタと揺れる。気付くと、貧乏ゆすりをしていたようだ。
「記載された内容がその日に起こる……」
魔力とでもいうのだろうか、確かにその文章はとてつもなくバカげているが、それが不思議と、あたかも自然であるかのような錯覚を覚える。最初のメールのとき感じた
神聖さも、これだったのかもしれない。
「一回くらいためしてみても……」
ふと、そんなことばが漏れてしまった。
このメールがイタズラのようなものだということは分かっている。だが、もしかしたら、という感情が生まれてきてしまったのも確かだ。
ふと時計を見る。23時55分。指定されている時間まで、あとわずかだ。携帯電話に慣れるまで、文章を打つのに時間がかかるのは分かっている。
「適当なことでいい……」
心臓がドクドクと鼓動しているのを、如実に感じた。
0時03分。メール送信完了画面が携帯電話に映し出されていた。
とりあえず、最初のメールに書かかれていたURLに、もう一度アクセスしてみると、そこには確かに、二つ目のメールに書かれていたルールが記載されていた。
そしてその下には、始まったばかりの今日の日付。そのさらに下に、さきほど僕が送ったメールの内容が記載されていた。
”いつも髪に寝癖が残る峠川祐樹は、この日を境に、ワックスで髪を整えるようになった”
とりあえず、ルールに書かれた一つは本当だということが分かる。あとは、学校に行って確認してみなくては。
夕方、学校から戻ってきた僕は、即座に携帯電話で、すでにブックマークされたあのページにアクセスし、ルールと僕が送ったメールを何度も読み返す。
うちの高校は携帯電話持ち込み禁止だったが、今まで携帯電話を持っていなかった僕にとっては無縁のものだった。しかし、こんなにも携帯電話がないのがもどかしいものだったとは。
祐樹は、本当にワックスで髪を整えて、学校にやってきた。一瞬目を疑ったが、当の本人は、イメチェンと冗談ぽく言って、モデルのようにポーズをとるだけだった。
だが、これだけではあのD.comからのメールが本当だったと確信が持てない。これくらいなら、単なる偶然で済ませられる。
ゆえに僕は、しばらく様子見と称し、数日続けてメールを送ることにした。
”愛犬を失ったことをこれまで悲しんでいた中津タクミは、その家族である、中津タツヤ、中津瞳も含め、そもそも犬など飼っていなかったと思い込み、そのまま日々を過ごす”
”英単語の小テストで、上社信也が前日に勉強した単語のみが出題される”
するとどうだろう、それらのメールを送信し、寝て起きたその日は、本当にメールに書いたことが起こってしまうのだ。
タクミが愛犬を溺愛していたこと、それが死んでしまってとても悲しんでいることも、僕はよく知っていた。
しかし、メールを送信した日を境に、犬のことなどタクミは口にしなくなった。
英単語の小テストは普段、十問出される。しかし僕はその前日、あえて五問しか勉強しなかった。するとどうだろう、小テストは全5問で、全て僕が勉強した単語だった。
この2つだけでも信じるに足るものだったかもしれない。しかし、僕はまだ完全に信じることができなかった。
”上社信也は登校中、大雨のためブレーキ操作を誤った大型トラックが横転するのを見るが、ほかに人や車がなかったため、また
運転手はエアバッグにより、ケガ人を出すことなく終結する”
だが、これを僕がメールで送信し、本当に起こってしまったことが、僕を確信させた。大型トラックが横転するなんて、今まで見たことがないし、ましてケガ人がいないなど
奇跡だ。
これは、このD.comのメールは、本物だ。
そして僕は、D-信者となった。
そのようなことがあって、十万円を得て、祐樹に絡まれるところに至る。
「なぁなぁ、今度はオレもつれてけよ信也っ! 次は何百万とか当たるかもだぜぇ!?」
「アホか」
祐樹は一人はしゃいでいるようだが、僕はまた軽くあしらう。そもそも何百万円、何千万円を当てることもできたのだが、そこまで大きな額になると、さすがにかなり目立つだろう。
それは避けたい。それに、僕は別に金が欲しいわけじゃない。どのようなことならできるのか、いろいろとためしたかっただけだ。
そんな感じで、ホームルームが始まるまでの時間を、祐樹とタクミと過ごしていると、近くで数人集まって話している女子の声が、ふと耳に入る。
「…….comってとこからメールが来ててね〜」
今、.comと言ったか? まさか、D.comの話ではないだろうな。それとも僕が敏感になっているだけなのだろうか。
「二週間前くらいだったかな? とにかくそれがすごくってね、そこに何かメールを送ると、それがホントに起こっちゃうのよ!」
そのメールはいつ来たのか、という質問に答えつつ話を続ける、その女子。それを聞いた僕は、もはや祐樹とタクミなどどうでもよくなり、思わずその女子達の方に
顔を向けてしまった。
話の中心にいたのは、クラスメイトである下田和乃だった。
その話は、まさにD.comのものだった。まさかと思いしばらく話を聞いていたが、そこに記載されたルールを話すなど、やはりD.comのものに違いなかった。
しかし、さすがにそんな突拍子もない話、まわりの女子が信じるわけもない。僕と同様に常に成績上位者である彼女は、まわりの女子に、勉強のし過ぎで頭がおかしくなったん
じゃないか、などと言われていた。
それにしても、僕以外にもD-信者がいるとは……。思うにあのメールは、一般的には迷惑メールと言われる位置づけにあり、不特定多数の相手にそれを送り、運よくそのURL
を開いた一部の人間だけが信者となる、そんなところだろうか。
なんにしても、あとで話かけてみるのがいいのかもしれない。
「下田さん」
放課後、ちょうど一人で下校している下田さんを見つけ、僕はD.comに関して話してみようと、声をかけた。
「あら上社くん。どうしたの?」
それに気付いた下田さんは、長い黒髪をなびかせながら、こちらを振り向いた。
「朝、下田さんが友達と話しているのを偶然聞いたんだけど……」
「朝?」
そこまで言ったところで、僕はことばに詰まる。朝話しを盗み聞きしていたときは、それがD.comのことであると思ったのだが、もしそうでなければ僕は変人扱いされるかもしれない。
冗談だった、という可能性もある。
「まさか、D.comの……?」
しかし、そう切り出したのは下田さんのほうだった。
「!」
思わず、素直に驚いてしまう。
「その反応……やっぱりそうなのね。それを聞いてもバカにしない、むしろそちらから切り出す……ということは……上社くんもD-信者なの……?」
うなずく。なぜだろう、そういう素な反応しかできない。下田さんもそうなのだろうが、僕はそれ以上に動揺しているのかもしれない。
「な、なんてことなの……!」
だが次の瞬間、下田さんの様子が一変した。動揺しつつもそれ以外の感情があまり見て取れなかった下田さんは、途端に怒り出した。
「な、なんでよ……なんでよりによって上社くんが信者になっちゃうわけ!? 私は……私はいつもテストで上社くんに負けていた……。どれだけ頑張っても越せなかった……。
だからこの力で、上社くんを超えようと思ったのに、それなのになんで!?」
色白の下田さんの顔は、絵の具で塗り潰したかのように赤くなっていた。
「落ち着いてよ、下田さん」
そんな僕のことばなど、恐らく届いてはいないだろう。
「……勝負よ」
「……え?」
しばらく同じようなことを言い続けていた下田さんは、一瞬だまったかと思うと、少し冷静になり、次にそんなことばを繰り出してきた。勝負だと?
「勝負よ、D-信者として、力比べをしようじゃない。私はなんであれ、上社くんに勝ちたいといつも思っていた。だから、勝負よ! そして、勝つのは私!」
勝負と言われて引くのは男が廃る、などという考え方の人もいるのだろうが、オレはそんな熱い人間じゃない。なんとなく下田さんが定期試験でオレを壁として見ていた
というのは知っていたが、そんなもの独りよがりだ。
「悪いけど……」
「残念だけど、信者から挑戦を受けた信者は、それを断ることはできないのよ! 私は前に信者同士で勝負したことがあるから知ってる。そういうルールがあるのよ。
今知ったことで、次にメールを送ったときに、上社くんのページにも記載されるはずだわ」
僕が口を開くと、それを妨げるように下田さんがそう話す。やけに早口だ。にしても、断れない……そんなルールがあるのか。しかし、だとすれば、敗者には何かしらの
リスクが問われる可能性があるのではないか? 勝負することを前提に作られたルールがあるというならば、リスクがないというのはむしろ不自然に感じる。
「負けたらどうなる?」
勝負したことがあるならば、下田さんがそれくらい知っていてもおかしくない。
「……よく分からない。前は私の勝ちだったけど、相手は私の出身中学の同級生。あれから一度も会ってない。でも……」
少し間があった。知らないのかよと思いつつ、次のことばを待つ。僕達が立ち止まって話す中、今まで何人の生徒達が学校を終えて楽しそうに、
僕達の傍を通って帰宅して行ったことか。
「上社くんは、敗者に何かのデメリットがあると考えているんだろうけど、それは私も同感。たぶん、信者の権限を剥奪される、みたいなのじゃないかしら」
やはりその考えに至るのか。ルールにも原因は違えど、その記述はあったから、その考えに辿り着くのは難しくない。
「……どうせ断れないのなら、早く勝負内容を決めてしまおうか」
「そうね。……実はさっきから考えていたのだけど、こういうのはどうかしら? お互い、自分の所有物をどこかに隠す。そして信者の力を利用して相手の
隠したものと場所を当てる」
こういう場合、相手の提案に乗るのは得策じゃない。その、考えていた、というのは、その勝負に対する策も同時に考えていたのだろうからだ。だが、僕は勝負内容が
すぐには浮かんでこなかったゆえ、それに乗るしかなかった。
「それでいいじゃないかな。だけどこっちからも提案がある。後々隠したものを変えられたら勝負にならない。だから、紙か何かに、どこに何を隠したのか書いて、それを
パスワード式の金庫にいれる。そしてパスワードを互いに半分づつ設定する。そうすれば二人の意思がないと金庫は開けられない。そういう金庫で、持ち運び可能な
サイズのものが家にあるから、紙を入れたら下田さんが保管する。これでいくら僕の所有物でも細工することはできない」
「それでいいわ。……じゃあ、勝負開始は三日後の0時00分、金庫に紙を入れるのはその前日で、勝負開始までに物を隠す。三日後の0時00分から0時04分のメールを送るときまで、
お互いの詮索は禁止。ここは、互いに信用するしかないけど……私は絶対にしない。そうでなければ、上社くんに勝ったことにならない」
僕はそれを了承し、ここでそれぞれ帰ることになった。
面倒なことになった。せっかく手に入れたこの力、勝負で負ければ失ってしまうのかもしれない。他人に話そうと思ったことが失敗だった。
だが、僕は負けない。負けるわけにはいかない。今まで僕の人生、勉強しかなかった。口うるさい親から少しでも褒めてもらおうと、僕は必死だった。しかしどうだろう、
このD.comの力を持ってすれば、意図も簡単に、なんでも手にはいってしまう。僕は、勉強なんてものから解放されて、自由になりたい。自由を、掴み取ってみせる。
……まずは、この勝負に勝たなくては。
家に帰り、夕食も早々に僕は自分の部屋にこもる。勉強などする気は毛頭ない。勉強した時間は適当に言えばいいし、授業中とったノートを今やったものだということに
して見せれば、親はそれで納得するはずだ。
しかし、どうするべきか。
恐らく下田さんの策は、自分の所有物をどこかに隠すというのは建前で、自分の家にあるものを場所も変えずに指定するか、自分自身で持つというものだろう。それが
最も見つかりにくい。僕もこれをやってもいいのだが、それではたぶん、互いにいつまでたっても証拠があがらず、見つけることは叶わないだろう。何か策を考えなくては……。
煮詰まる。携帯電話を開き時間を確認すると、すでに23時を回っていた。もうあまり時間がない。相手の詮索は約束があるゆえできない。けれでも、ほかに何か
できることがあるはずだ。
そうだ、今まで僕が送信したメールに、何かヒントはないだろうか。僕がこれまでに送信したメールは、それを忠実に再現したことが現実に起こる。ルールの一つである、
”・メールの内容は具体性、現実性、自然性を帯びていなければならない”をかなり気にしていているのだが、今のところこれに反することはないようだ。思うに
このルールの意味は、”奇跡のようなことは起こらない”というわけではなく、”どんなことでも筋道を立ててメールを書かなければならない”なのだろう。トラック横転
が実際に起こったことからもその結論に至ることができる。逆に言えば、いかに起こり難いことでも、その原因、過程を明記さえすれば、D.comの力で起こすことが
可能というわけだ。
ルールといえば、この一週間の間に、一つ追加されていた。
・記憶を操作することは可能で、存在する記憶に上書きされる形で新たな記憶を植えつける
これはたぶん、タクミの犬に関する記憶を変えたことで発見したとみなされたのだろう。
これに関してはさきほどのルールと矛盾、全くもって自然であるとは思えないが、それゆえにこのようなルールが記載されているのだろう。
……! 記憶を操作……これを使えないだろうか……。
0時00分。携帯電話は、メール送信完了画面を迎えていた。この一時間で、策を考え付いた。
”峠川祐樹は、上社信也に誘われ、可能な限り人目に付かないようにして、上社信也と共に、上社信也の自宅近くの公園で穴を掘る。そして
その穴にトランプを入れ、穴を埋める。
しかし峠川祐樹は、上社信也に誘われ、駅近くの空き地で穴を掘り、その穴にダイスを入れ、穴を埋めたと錯覚する。
また、峠川祐樹はそのことを話題にすることはない”
こうしておいて、僕の家の近くの公園に本命のトランプを埋めておき、フェイクであるダイスも実際に駅近くの空き地に埋めておく。
どちらも自分の部屋で目に付く位置にあったものだ。勉強の合間に息抜きとして使っていたものだが、もう必要ない。本当ならば本命は自分の身の回りにおいて
おきたかったのだが、単に祐樹の記憶を変えただけとすると、その日本当に祐樹が行ったことと何かしら矛盾があっては、いつも気にしているルールに反してしまうのではないかと思い、
実際にも穴を掘るとするしかなかった。
たぶん下田さんは攻めの手として、僕のまわりにいる人を操り、僕が何かおかしな行動をとっていないか、それを見たものは自分に報告するようにしむけてくるだろう。
つまりこうしておくことで、祐樹が下田さんに報告を入れたとき、下田さんは偽の情報を掴まされるというわけだ。そしてそのとき……。
一応、例のURLにアクセスし、さきほどのメールが記載されたことを確認する。気付けば、新たなルールが追加されていた。
・D-信者がD-信者に対し、D-信者としての力を使う平等な勝負を申し込んだ場合、その勝負を断ることは許されない
・D-信者に対しては、例外を除きメールの内容の効力を得られない
・その例外は、自分自身のみである
一つ目に追加されたルールは、下田さんが言っていたことに違いない。しかし、二つ目と三つ目のルール……これは知らない。……強引な考えだが、勝負することが決まったD-信者に、
注意の意味で追加されるルールなのかもしれない。いやしかし、なんでこんな、D-信者が勝負をすることを前提としたルールが存在するんだ?
……D.com……この発信者が、僕達D-信者が少しでも力を保持し続けようと抗うさまを観察するために作った、とでもいうのだろうか。
ともかく、これで今後の方針は決まった。
火曜日。
学校が終わって一度家に帰った僕は、暗くなってから祐樹に電話をした。勿論物を隠しに行くためだ。メールですでに書いたことだから、祐樹はなんら嫌がる様子もなく
それに応じた。ここで最も危惧すべきは、他人に僕達を目撃されることだ。そもそも、夜になって外に出るというのは、僕にとってかなりの難関だ。親という壁があるからだ。
祐樹に関してはメールでの記述もあるし、彼は一人暮らしだ、問題ないだろう。だからこそタクミではなく祐樹を選んだ。
だが、親という壁さえ抜けてしまえば、ほとんど目撃される可能性はないと言っていい。僕の家のまわりは田んぼと公園しかなく、一番近い家でも僕の家から辛うじて見える、
という距離だ。そのために公園を選んだのだ。
「……やはりここしかないな」
僕はベランダに立った。僕の部屋は二階だが、ベランダのすぐ下には塀があり、その気になればそこを足場に外に出ることが可能だ。勉強が嫌で、小学校の頃はよくそこから
逃げ出したものだが、その時の経験がこんなところで役に立つとは。
僕は、トランプとダイスを持ち、塀へと足を運んだ。
あれから一時間と少し、僕は部屋へと戻ってきていた。小学校の頃は、外に出たはいいが、戻ることができなくて親に結局バレていたのだが、身長の伸びた今では塀に登り、
そこからベランダへ上がることができた。
予定通り、トランプを隠すのは誰にも見られずに出来たはずだ。一人で行ったダイスのほうは、少し奥まったところにある空き地だったので、たぶん僕が穴を掘っているのを見た人は
いないだろうが、駅の近くという立地上なんともいえない。しかし、別に誰かに見られたところでさほど問題はない。あるとすれば、不審者と間違われたかもしれない、
ということだけだ。
「……」
しかし、何かひっかかりを感じる。
祐樹に対する記憶操作はもう行われているはずだ。今祐樹に、さっき僕と何をしていたかと問えば、駅近くの空き地で穴を掘ったと答えるだろう。だがこの記憶操作
……。
「”記憶を操作することは可能で、存在する記憶に上書きされる形で新たな記憶を植えつける”……」
ルールを反芻する。上書き……ルールにはあくまでそうとしか書かれていない。記憶が消えるとは書かれていないのだ。もしかしたら、記憶を戻すということが可能
なのでは……。
……今思えば、祐樹の記憶を変えずに、この策を取ることも可能だった。本命は自分一人で隠して、フェイクのほうを祐樹と共に隠しに行く。ただそれだけでよかったのだ。
これならば、記憶が戻るなどと危惧する必要もなかった。D.comの力を使うことに固執してしまったようだ。こういうのを、力に溺れたというのだろうか……。
いや、しかし、下田さんが空き地のダイスの方をフェイクだと気付かなければいいだけの話……大丈夫だと思うが……。……。
水曜日。すなわち、勝負開始の前日。
あいかわらず騒がしい朝の教室に、高校二年にもなって泣きべそを浮かべる男が一人、僕の前にいる。タクミだ。
「もう、オレはどうしたらいいんだぁ、ヨーゼフ、ヨーゼフゥゥゥ!!」
「ったく、最近その犬の話をしなくなったと思ってたのに、またかよ。犬くらい新しく買えばいいだろ? そこに十万当てたやつもいることだし」
同じく近くにいる祐樹が、タクミのそんな様子に、軽口を叩く。犬を買い換えた程度でタクミが収まらないと祐樹は知っているのだろうが、まともにとりあっても
収まらないのも、分かっているのだろう。タクミは、愛犬の死を話題にするとき、必ずこうやって泣くのだ。
「……やはり」
しかし、僕にとってそんなやり取りなどどうでもいい。僕が思ったとおりだった。あとは、次にメールを送ったときにルールを確認すれば何かしらの……。
「上社くん」
突然、背後から声をかけられる。いや、恐らく突然ではなかったのだろうが、僕が考え込んでいたためにそう感じたのだろう。声をかけたのは当然、下田さんだ。
「準備はしてきた。とりあえず、場所を変えよう」
僕は、机にかけておいたトートバッグを手にし、席を立つ。そんな僕を、不思議そうな顔で見るタクミと祐樹。タクミは、もう泣いてはいなかった。
移動した先は、二年生の自主学習用に開放されている教室だ。この学校は、それぞれの学年にそのような教室が与えられているのだ。下田さんの話によると、いつも
朝ここを利用しているのは下田さんだけであり、二人だけで話をするのは丁度いい場所とのことで、確かに僕達以外に人はいない。高校二年の前半ではこんなもの
なのだろうか。勿論、僕のように朝も自宅で勉強する生徒もいるのだろうが。
「それが金庫? 重そうね……」
「金庫というくらいだから。プラスチックなんかで出来てたら、大事なものの保管なんてできやしない」
僕がトートバッグから金庫を出すと、下田さんはそう漏らす。金庫を預かるのは下田さんだから、これを自分が持ち帰る姿を想像したのだろう。実際、男の僕でさえ、通学中
何度も持つ手を変えたが、手と腕が痛くなった。
「まぁ、しょうがないわね……。さて、それはそうと、早速紙をいれましょうか」
下田さんは、あきらめたようにそう言うと、まだロックされていない金庫の蓋を開けながらそう言った。僕はトートバッグの中から封筒と紙、そして
ボールペンを取り出す。少し遅れて、下田さんも学生服の胸ポケットから何度か折られた紙を取り出した。
「ごめん、まだ書いてないんだ。今から書くから、後ろを向いてて」
僕がそう言うと、封筒なんて厳重ね、などとぶつぶつ言いながら下田さんは窓の外を見た。僕は、一字一字丁寧に書く。そしてそれが終わると、紙を封筒に入れ、それをのり
付けした。
「できた。さて、入れようか」
すでに下田さんによって開けられている金庫に、僕は封筒を入れる。こちらを向いた下田さんもそれに習う。そして、八桁設定できるパスワードのうち四桁を僕が入れ、
残りを下田さんが入れると、金庫はどちらかが勝利を確信するまで閉ざされることとなった。
帰宅した僕は、すぐにベッドに寝転び、携帯電話を手にとる。勉強詰めの日々では考えられなかった行動だ。
いよいよ、今夜0時00分、勝負は開始される。次のメールの内容は、学校にいる間に考えておいた。
まずは、下田さんが取ってくるであろう攻めの手を、こちらも実行すること。下田さんがこれをするかは分からないが、もし下田さんの
回りの人間が僕に何かしらの情報を伝えたら、そのことを下田さん自身に報告するようにしていた場合、役に立つからだ。
要は、トラップなどしかけておらず、下田さん近辺を洗い出すことに集中している、と思わせるということだ。そして、僕は回りの人間に下田さんの手が回った場合、
そうするようにメールをしておく。ただし、祐樹に対してだけだ。
そして、最後のトラップをしかける。
木曜日。ついに当日だ。
この日僕は、目覚まし時計より早く鳴った、携帯電話の着信音で起こされた。
「……! 祐樹!」
そこには、祐樹が下田さんに伝えた内容が記されていた。勿論、駅近くの空き地での内容だ。下田さんはやはり直接ではなく、僕と同じように、携帯電話のメールで伝えるように
しておいたのだろう。どうでもいいが、こんな時間にメールがくるとは、祐樹は僕より起きるのが早いということなのか。
あとは、下田さんがそれに騙されてくれさえすればいい。残念だが下田さん、それはフェイク、僕の勝ちだ。早期決着が付くよう、
下田さんが知っていて最も僕の近くにいる人間をわざと選んでおいた。勿論、未だ記憶を戻される可能性もあるが、普通は隠し場所が分かればそれに浮かれ、自分が勝利する
ことしか考えないだろう。大丈夫だ。これで下田さんが自分の勝ちを宣言するのを待てばいい。ただ、僕だったら一日くらい様子見の期間を設けるから、もしかしたら
下田さんもそうするかもしれない。
「上社くん」
学校へ向かう僕を、呼び止める声。下田さんはなぜいつも後ろから来るんだ。
「私に勝つ算段がたったかしら?」
そう言う下田さんには、どこか余裕を感じる。自分が得た情報は嘘だとも知らずに。
「さぁ……下田さんこそどうなんだ?」
「私? そうね……明日には決着が付くかもね……とでも言っておく」
考える素振りを見せたが、いかにもわざとらしい。
だが下田さん、きみが言っていることは正しい。やはり僕の予想どおり今日は様子見なのだろう、つまり、明日勝敗が決まる……そして、僕の勝ちで終わるんだ。
今日は、バカに学校が長い気がした。D.comの力があるにしろ、多少勉強をしておく必要があるが、それは授業に集中しさえすれば十分だ。
”上社信也は、全てのテストで満点を取る”これがD.comによって実現できればいいが、恐らく無理だろう。白紙を提出しても満点になるというおかしなことが起きることになり、
あのルールに反する。……いや、今はそんなことはどうでもいいのか。
次のメールですることは、一つしかない。昨日と同じように、しかし昨日とは違う下田さん近辺の人の名前を書き、下田さんの行動を僕に報告させる、それだけだ。もっとも、
すでに名前を書いた人達からメールによって報告されたことは、どれもくだらない内容のものばかりで、下田さんが何か隠したのを見た、というものは一つもなかった。
こうなるとやはり自分の家か、自身で持っている可能性が高い。
確かに、勝負開始というのは今日だった。だがそれは結局、自分が正しかったか確認する日でしかなく、どれだけ前日までに用意できたか、それが勝負の別れ目となった。
明日よ……早く僕の前に現れてくれ。そうすれば僕は、完全に自由の身となる。そしてもう、D.comのことは他人には話すまい。
金曜日。決着の日。
僕は、いつもより一時間早く学校へ向かった。下田さんが昨日の帰り際、話があるから来て欲しいと言ったのだ。学校は、その時間から三年生の勉強のために開いているらしい。
「遅かったわね」
金庫に紙を入れた部屋、すなわち二年生用の自主学習用の教室に入ると、そこにはすでに下田さんが待っていた。勿論、金庫を持ってきている。
「いや、時間通り」
教室内の時計と自分の腕時計を見比べ、僕はそう答える。下田さんは、逸る気持ちを抑えられなかったのだろう。いや、僕もあまり人のことを言えないが。というよりも、
今にも笑みがこぼれそうで抑えるのが難しい。
「……まぁ、いいわ。話したい内容……それは分かってるわよね?」
当たり前だ、と僕はうなずく。
「そう、じゃあ負ける覚悟もできてるのね」
「なんのことだか」
そこにイエスと言うわけがない。
「……単刀直入に言う。私は、上社くんの隠したものを見つけた」
そう言った下田さんは、一瞬こちらに不敵の笑みを浮かべ、自分の通学用カバンからスーパーのビニール袋を取り出す。中は見えないが、そこに見つけたものが入っているのだろう。
「これよ」
そこから出てきたものは、土で少し汚れた、サイコロ。
バカめ! まんまとハマってくれた! それはフェイクだ!
思わずそう叫んでしまいそうになるが、グッと堪え、頭の中で下田さんにぶつける。
「……まぁ、これは偽物でしょうけどね。本物は、こっち」
「……!?」
ビニール袋から、もう一つ出てきた物が、あった。
「上社くんが隠したのは、トランプ! 隠した場所は上社くんの家の近くにある公園!!」
……な、バカ、な!? そんなはずは……バレた、だと!?
「どっちも峠川くんをメールで操って掘ってもらったのよ。サイコロを掘ったのは昨日の早朝、トランプを掘ったのは一時間くらい前ね」
……昨日の早朝……そうか、それであんな時間に祐樹からメールが……。
「私は一瞬騙されかけた。上社くんの用意した偽物にね。でも昨日気付いたのよ、おかしな点に。秘密の隠し事をするときに、一人で行動しないのは、変だ、ってね。
そう思ったとき、このサイコロは偽物だと気付いた。もし本当にサイコロを二人で埋めに行って、本物のほうを上社くん一人で隠しに行っていたら手の出しようがなかったけど、
私は一応、こうメールしておいた。”今日の早朝に、峠側祐樹くんゎ、変えられた記憶が元に戻って、上社信也くんと隠した本当の物を掘りに行って、掘り終えたら下田和乃のところへ、
掘ったものを持って来て、その掘った場所を告げる”ってね。まさか、これが当たりだとはね。それにしても、こういうことをしているってことは、上社くんは
私が上社くんの周辺に探りを入れるって分かってたってことだよね。それだけでもすごいんじゃないかな。上社くんは私に偽物をつかませて
操作を撹乱するつもりだったんだろうけど、私は騙されなかった!」
……記憶が戻ることを、やはり知っていたのか……。それにしても、僕が本来やっておくべきだったと後で気付いた策を語るとは……下田さんをなめていた……。
しかし今思うと、なんて穴だらけの策だったんだ……。
僕の……僕の負けなのか。
「さて、もう分かりきってるけど、一応金庫の中身の確認をしましょうか」
下田さんは、笑みを隠しきれない様子で、パスワードを入力するボタンを指差す。もはや、抵抗は無意味、僕は設定したパスワードをゆっくりと押す。次いで、下田さんも手早く
押した。金庫が、開く。
「……なぁ、下田さん。ちなみに、下田さんは何を隠した?」
気付けば、そんなことばが口から出る。今さら何を言っているんだ、僕は。
「紙を見れば分かるでしょう」
下田さんは、僕が金庫に入れた封筒の口を丁寧に剥がしながら、僕にそう言った。僕は、言われるままに紙を取る。
隠した場所:自分
隠したもの:学生服のリボン
紙には、そう書かれている。
……やはり、自分自身に……ここまで分かっていながら、僕は……僕、は……?
……思い……出し……た……。そうか、これは……これは全て僕の策!
「自分自身を隠し場所にするなんて、いいアイディアでしょ? これなら、絶対誰にも見られる心配がない! ……勝った、ついに私は、上社くんに勝った……!」
「勝ったと思うなら、早く僕の書いた紙を見てみてよ」
そして、狼狽するがいい。
「何を……。!? な、なんで!?」
「僕の勝ちだ下田さん! 下田さんの隠したものはそのリボン! そして場所は下田さん自身!!」
慌てふためく下田さんを尻目に、僕は高らかに宣言した。
僕は、封筒に入れた紙に、こう書いていた。
隠した場所:自分
隠したもの:生徒手帳
「ちょっと……待って……そんな、紙を見て、見つけた、だなんて……。それに、なんで……? 本物はトランプのはず……」
「勝敗が決まる前に紙を見てはいけないというルールはない。だから、僕は最初からこのときを狙っていたんだ。分かっていたんだよ、下田さんが自分自身に隠すことを。
僕もそうしようと思ったけど、それだと決着が付かない。だから僕は策を考えた。下田さんに勝ったと思わせ、金庫を開けたときに、紙を見る、と」
今度は、僕が笑みを隠し切れなくなる番だった。下田さんは、打って変わって表情がない。
「僕は、確かに最初、そのトランプを本命にするつもりだった。だが気付いた。それには穴があると。そしてそれに下田さんが気付くのではないかと危惧した。
だから僕は、ぎりぎりになってためしたんだ、記憶を戻すことが可能かどうか。それをしたのは、金庫に紙を入れる直前だった。ついでに、何かを起点に
また記憶を変えることができるかもためした。あとで、新しいルールが記載されたのも確認した」
僕が金庫に紙を入れる前のタイミングで書いたメールは、下田さん近辺の友達を操るものだけではなかった。
”中津タクミは、この日初めて上社信也を見たとき、変えられていた犬の記憶を思い出すが、上社信也が席を立ったとき、また犬など飼っていなかったと思い込む”
これによって、直前に記憶が戻るということが分かり、後に現れた”そもそも記憶自体は消えていないのだから、元の記憶に戻すことは可能”というルールを見て、
すでにあった確信をさらに強めた。
「だから、あのタイミングで紙に書いたのね……」
「そう。でも今思えば、記憶は戻らないものだったとしても、自分を隠し場所にしたほうがより安全だったな」
それでも、フェイクは生き、策は通る。
「だ、だけど、さっきの上社くんの様子、とても演技には……」
「そこ。そこに僕の最後のトラップがある。僕は、自慢じゃないが演技は得意じゃない。むしろ、かなり下手なほうだ。だから、試合開始日の0時00分、僕はこういうメールを送った。
”上社信也は目が覚めると、自分が下田和乃にしかけた策は、峠川祐樹の記憶操作によるもののみと思い込み、ほかの策を考えることなく、
日々を過ごす。また、自分が隠したものはトランプであると思い込む。そして自分が下田和乃に負けたと思い込んだとき、
抵抗することなく金庫を開け、下田和乃が上社信也の入れた紙を見る前に、上社信也は「下田さんは何を隠した?」と問う。
そして、下田和乃の入れた紙の内容を見たとき、変えられた記憶が元に戻る”と。
僕の策は、相手に勝ったと確信させることが最重要だ。だから、最後の最後でボロを出さないように、手をうっておいた」
実際、下田さんがトランプを見せ付けるまで、僕はボロを出してしまいそうだった。
「……そん……な……ま、また私は、上社くんに負けたの……?」
下田さんは、手にしたダイスとトランプを落とし、その場に崩れ落ちた。ケースから出てしまったトランプが、バラバラと散らばる。
「……この勝負、僕の勝ちだ」
次の日、この日は休日だった。
今日は朝からバカに騒がしい。母親がニュースを見て、騒いでいるようだ。どうせ、好きな芸能人のスキャンダルか何かだろう。僕はそう思いつつも、
朝食を取りながらふとテレビに目をやる。
そのニュースが報道していたのは、昨日起こった、飲酒運転による交通事故。運転手は無事のようだが、横断歩道を渡っていた歩行者が死亡したとリポーターが言っている。どうやら
うちの近くのようだ。それで騒いでいるのだろう。
「!?」
だが、僕は母親よりも、内心で騒ぐことになった。
表示された被害者の名前、そこには、下田和乃、と書かれている。たぶん母親は彼女がクラスメイトだということは知らない。言わないほうがいい。
僕は朝食も早々に、自分の部屋へと戻った。
……僕に負けた下田さんは、死んだ。……まさか、自殺? いや、飲酒運転だ、それはない。……よく、分からない……。
気付けば、メールを出すべき時間が迫っている。僕は眠ってしまっていたようだ。
次のメールは、もう決まっていた。タクミの記憶を元に戻すことだ。実は少し悩んだのだが、犬の話をしないタクミはタクミではない。
時間が来て、メールを送信、そしていつものように、僕は例のURLにアクセスし、メールが記載されたかを確認する。
「……!」
そこには、新たなルールが書かれていた。
・D-信者同士の勝負で負けた側は、その四時間後に何らかの原因で死亡する
敗者は、死亡する。
下田さんは、死亡した。
「そ、そんな……D-信者としての権限がなくなるだけのことだったはずでは……」
僕は朝、もしかしたら僕に負けたことが原因で、下田さんは死んでしまったのではないか、と一瞬考えた。だがしかし、それは可能性の話で、しかも一パーセントとかそういう
次元のものだった。
……僕に負けたことが原因で、下田さんは死んでしまった……僕のせいで……僕が……僕が、殺した……?
これが、僕の犯した罪だ。
今日、月曜日。僕は学校へ行かなかった。
目の前には、開いたままの携帯電話。そこには、僕が最後に送信したメールが映し出されている。
”上社信也は、次に眠りについたとき、二度と目覚めることはなく、そのまま永眠する”
僕は、このメールを送信したあと、まだ眠ってはいない。当然だ、生きているのだから。
自分の記憶を消すことも考えた。しかし、下田さんの死は事実、そして僕がその根源にあるのも事実。
僕は、精神力が切れて眠ってしまうまで、自分の罪を、自分で攻め続ける。僕が犯した、殺しという罪を。
D.com……この”D”というのは、人によっては”Desire”とか、”Doubt”とかと、感じるのかもしれない。だが僕は、こう思う。こう確信する。”Die.com”だと。
僕は悔やむ、下田さんの死を。
僕は恨む、自分自身を。
僕は呪う、自分自身を。
僕は攻める、自分自身を。
僕はまだ、眠らない。